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<地方都市の概要>
大田市(おおだし)は、島根県にある日本海に面した市。

【石見銀山のまち】
県のほぼ中央に位置し、海岸部、平野部、山間部と奥深い市域を有する。
北は日本海、南は中国山地を望み、山嶺が海岸まで迫っているため、
市域の6割が山間地域。
鎌倉時代末期に発見された石見銀山を中心に発展。

【遺産と資源を活用して】
三瓶山や大田市海岸といった貴重な自然があるほか、
世界遺産登録をめざす石見銀山遺跡をはじめ、生活文化・伝統文化遺産が多く残る。
また農林水産業や瓦産業に代表される地場産業、商機能など、
多様な産業構造と可能性があり、これらを活かしたまちづくりを推進。
05年10月1日温泉津町・仁摩町と合併し、新「大田市」に。
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石見銀山
石見銀山(いわみぎんざん)は戦国時代後期から江戸時代前期にかけての日本最大の銀山。
鉱脈は石見国東部、現在の島根県大田市大森の地を中心とし、同市仁摩町や温泉津町にも広がっていた。
日本を代表する鉱山遺跡として1969年に国指定史跡となり、現在ユネスコ世界遺産候補に挙げられている。

【銀山争奪】
1537年、出雲の尼子経久が石見に侵攻、銀山を奪った。
2年後に大内氏が奪還したものの、その2年後に尼子氏が小笠原氏を使って再び銀山を占領、
大内氏と尼子氏による争奪戦が続いた。
大内義隆の死後は、毛利元就が尼子氏との間で銀山争奪戦を繰り広げ、最終的に毛利氏が勝利を収める。
しかし、1584年毛利氏が豊臣秀吉に服属すると銀山は毛利氏と豊臣氏の共同管理となり、
秀吉の朝鮮出兵の軍資金にも充てられた。

石見銀山が開発された時期は日本経済の商業的発展の時期と重なっていた。
このため、精錬加工された銀(『丁銀』)は基本通貨として広く国内(主に銀本位制の西日本)で流通したばかりでなく、
16世紀後半からマカオを拠点に来航するようになったポルトガルや17世紀初めに来航したオランダ東インド会社
さらに中国密貿易商人らとの活発な交易をも支えた。
当時の銀産出量は世界全体の三分の一に達し、
スペインのペルー副王領ポトシ(現ボリビア、世界遺産)のセロ・リコと並ぶ銀産出地として西欧・中国でも有名になった。
丁銀は秤量貨幣(額面が無く重量で価値が決定。取引の際は必要に応じ切り分けて使用。)のため、原形をとどめる物は希少。

その殷賑ぶりは、当時のポルトラーノ地図にも記載されるほどで、
その一部を地元の義肢装具メーカーの社長である中村氏が私財を投じてオークションで入手、
大田市に寄贈された地図にも記載がある。
航海術の発展に伴って西欧諸国の王侯、特にスペイン国王はイスラム圏から入手した地図を大量に持っており、
更には独自にかなりの地図を作成した。
この地図を持った船団が、インド・マレー半島・中国・日本にも貿易の手を伸ばし、
石見銀山で産出される銀を求めてやってきた。

当然、銀山を手中にした武将(大内氏、尼子氏、毛利氏、豊臣氏)は積極的にこれらの海外諸国と貿易を行い、
その輸入品の中に当時貴重であった『火縄銃』が含まれていた可能性も指摘されている。

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